その子は だ〜れ? (お侍 拍手お礼の二十九)

        *お母様と一緒シリーズ
 

 米作りしか知らぬ神無村の人々から、どうか野伏せりを斬って下さいと請われてやって来た侍たちには、首魁であるカンベエ殿から様々な役割が分担されて。

  ――― 弓の習練を手の空いた男衆らにつけてやること。

 それが、双刀使いの寡黙な剣豪、キュウゾウ殿へと課せられた役目であり。人にものを教えるなぞ、そうそう手掛けたことはなかったけれど、それでも心得がしっかとあったれば何とかなるもの。全くの素人ばかりだったとは思えぬ成果を、きっちり見せつつある現状下。次の難度へ上げるには、まだ数人ほどが練習を積んだ方が善さそうながら、ずっと傍らについていなくとも…というような。村の周縁を哨戒しにと外しても大丈夫という、融通というものが利くほどの状態にまで、何とか持って来れたのは。彼の忍耐の結晶か、それとも村人たちの忍従の賜物か。

「…。」

 それでと、しばし上級者に任せて場から離れるということも、ともすれば頻繁になって来た今日この頃の双刀使い殿。瑞々しい香が垂れ込めて、青々と空間を染める竹林や、樹齢何百年ものか、途轍もない高さ太さの木々が居並ぶ鎮守の森を、一陣の風の如くの軽やかに、颯爽とした梢渡りにて哨戒して回っての、さて。

「…。」

 集落へ戻った最初に目に入るは、自分たちの詰め所にとあてがわれている古農家。そこへ自然な足取りで近づきかかっていた、紅衣の双刀使い殿の足が…ふと止まったのは、

 「…ですからね。」
 「はい。」

 傍らを流れる川べりに接した裏手の空き地。天気が良ければ洗濯物がハタハタと躍る、そんな長閑な空間に、見慣れたお顔と見慣れぬお顔とが同座していたからに他ならず。

 “子供?”

 一応は“迎撃準備態勢”という、非常事態の最中におかれた神無村であり、男衆は作業場で土木造営に立ち働くか、弓の習練に励んでいるし。ご婦人方も、炊き出しから矢の増産、田圃の守りなどなどと。後方支援を分担した上で、それぞれきっちりと担っておいで。そうしてそして、腕白揃いの子供らへは。危険な作業現場には立ち入らぬようにとの言いつけと、全く同じ度合いにて。お邪魔になるからお侍様がたへもまとわりついてはなるまいぞと、キツく言い聞かされておるはずで。聞き分けのいい子ぞろいなのだろう、これまで一度だって、コマチやオカラ坊以外の和子が詰め所へ近づいたことはなかったのに。

「…。」

 裏口のすぐ傍ら。カマドの火口用の柴だろう、薪を小鉈で裂いているシチロージの手際を、同じように屈み込んで眺めている、コマチよりも少し大きい年頃の男の子。着ているものは他の子供らと変わらない簡素なそれだが、煩いほどはしゃぐ腕白な時期からもそろそろ卒業という頃合いなのか、幼いに似ず、どこか落ち着いた面差しをしてもおり。シチロージの手元を眺めている様も、大人しくて行儀がいい。そして、

 “…子供。”

 そういう存在が周囲にいなかった環境に長くいたので、これまで全く気がつかなかったが。どうやら自分は小さい子が苦手であるらしいとの自覚が、このごろ頓
(とみ)に深まりつつあるキュウゾウであるらしく。

“…。”

 そもそも平素からして人への関心が薄く、それを通していても差しさわりのない生活を長々と送って、はや何年ほどとなるものか。何せ物心ついた頃には“軍人”だったので、よって対人対処も淡泊極まりなく、その方がむしろ都合も良かったくらい。その結果、感情に無縁なままにて通して来た、そんな彼の無表情は筋金入りであり。見下すこともしないが、おもねったりもしないという、結構あっぱれかもしれない淡々とした性格は、だが。残念ながら、感情分化のまだまだ未熟な子供には通じにくい。金髪紅眼、色白美形。おまけにすこぶるつきの冷静寡黙。そりゃあ冷たく整ったお顔を、堅く堅く凍らせて。怒っているやら機嫌がいいやら、慣れない人には判別不可能。そうまでの徹底した鉄面皮を構え、何を考えているのか判らないお兄さんというのは、はっきり言って不気味だと怖がられるのがオチであり。実は昨日も泣き出されかかって、この国士無双の剣豪が慌てて逃げたばかりだったりするらしく。

「…。」

 いっそ怖いから苦手だったら良かったのにね。そうではないから始末が悪い。ほら今だって、諦め悪くも立ち去れない。せっかく仲がよさそうにしている二人であるのに、目元を優しく細めての、何やら楽しげに語らい合っておいでなのに、自分を見て“怖い人が来た”とばかり、その子が泣いたらシチロージはどうするか。心優しい彼のこと、年嵩なこちらを追い払う真似とかするのかな。

「…。」

 それは結構辛いことかもと、自分の想像で既に軽く落ち込みかかっていたところ、

 「…あ。」

 選りにも選って、その子がこちらに気がついた。サッと立ち上がる動作もなめらかで、蓮っ葉な雑さはなかったけれど、そのまま…怯えて逃げるのかな。それとも母上にすがって、その陰へと庇ってもらうのかな。小僧、そのお人はそうそう容易く触っていい人ではないのだぞ? 働き者だし機転も即妙に利くし、物知りだし器用だし。美人で優しくて寛容で、でもだけど、槍をしごけば天下無双の使い手で。怒らせたら怖いし、泣かせたらこの俺がただではおかない、そんな尊いお人だと、判っているのか、この青二才が。

 「…。」

 以上の長々とした…ちょっぴり挑発めいたくくりになってる独り言。その胸中にて延々と並べていた、紅衣の双刀使い殿へと目がけ。怖がるどころかすたすたと、その真正面の真ん前までを真っ直ぐに。初顔の坊やは、ただただ歩いて来るばかりであり。よって最後の“青二才が”は、間近に向かい合ったる相手の眼
(まなこ)へと訴えかけたようなもの。無論、口に出して言わなけりゃ伝わりはしませんし、言えば言ったで…身長差が相当にあったので。こんな小さい子相手に何を言っているのやらという、珍妙な構図になったのは間違いなかったのですけれど。

 「…なんだ。」

 やっぱり不遜には変わりない、屈んでもやらぬまま、ずんと偉そうな訊き方をしたキュウゾウ殿へ。そちらからのずかずかと、真っ直ぐ真っ直ぐ歩み寄って来たその坊やは、

 「昨日はありがとうございました。」

  ………はい?

 深々と頭を下げながら、両手で前へと突き出したのが、
「あ…。」
 キュウゾウが昨日泣かせかけた子供の手へと、くくってやった手ぬぐいではないか。

 「カヲルくん、ずっと待ってたんですよ?」

 転んで擦りむいた手へ、お薬つけての手当てをして下さったお侍様が、なのに、お礼も言えないうちのあっと言う間に行っちゃったからって。お話聞いて、それはきっとキュウゾウ殿のことだろうって。だったら此処で待っていれば逢えますよって待たせていたのに、今日はなかなかお出でにならなくて。後から追いついたシチロージが、そうと付け足してのにっこりと微笑い、

 “あ。”

 今頃、理解が追いついている辺りからしてお察しあれ。どうやら相手の顔を覚えていなかった双刀使い殿であるらしく。感に堪えての言葉に詰まったその間合い、自分に怯えての泣かしたと思い込んで、とっとと敵前逃亡したものを、なんて奥ゆかしいお方だろうかと、好意的に解釈されてもいたようで。

 「傷口もきれいに塞がって。本当にありがとうございました。」
 「いや…。」

 それは、たまたま持っていた母上の秘伝の塗り薬の為したこと。そうと言えるだけの口も回らず。微笑ましいなと見守るシチロージの柔らかな笑顔にあてられて、尚増のこと、言葉に詰まった寡黙な剣豪。手柄をいかにもと広言しない奥ゆかしさを、何ていい子と我が誉れのように思われていただなんて、気がついてる余裕さえない困惑の中にいらしたようでございます。







 momi1.gif おまけ momi1.gif


 何度も何度もお辞儀をしつつ、子供らが集まっている広場のほうへと向かった坊やを見送って、
「それにしても。」
 あんな間近まで戻って来ておいて、なのにどうして、あんな立ちん坊なんてしてらしたんですか? シチロージもまた、通りの上に立ち尽くしてこちらを見ていた、そんなキュウゾウの気配は早くから拾っていたらしく。何に怯んでの立ち往生状態にあったのかと訊いてくる。
「………思って。」
「はい?」
 相当に罰が悪いのか、いつにも増しての声が小さい久蔵へ、嫋やかに微笑いつつ、もう一回と聞き返した母上へ、

 「あのような小さい子供の方をと、シチが望んだと思って。//////////
 「………はい?」

 おやや、お耳が真っ赤ですよ? ほらほら、お顔をお上げなさい。お馬鹿ですねぇ、キュウゾウ殿とあの子と、可愛がる相手を取っ替えたがってたとでも思ったのですか? 頬を両手で包み込んでの、お顔をのぞき込んだなら、

 「〜〜〜〜〜。///////////

 あらら、図星でしたか。あのそのえっと、参ったなぁ。//////// 冗談口にして笑い飛ばそうと思った戯言。なのに、こうまで…目元潤ませてまで含羞まれては、しゃれにならない、どうしましょうか。肩越しに振り返った詰め所の中では、

 “何を言い合うておるのやら。”

 可愛らしいことよとその精悍なお顔へ苦笑を浮かべなさるばかりで、助けて下さるつもりは毛頭なさげな惣領様だったりし。こんなほのぼのした陣営で、大挙して押し寄せる野伏せりに勝てるものなのか。澄み切った青を染ませた秋のお空は、何にも答えては下さらなかったそうでございます。




  〜どさくさ・どっとはらい〜  07.7.12.


  *『ああっ女神様!』劇場版を久々に観まして。
   ウチのキュウは母上を
   ベルダンディくらい穢れなきお人だと思っているのかもと、
   またぞろ要らんことを考えてしまった筆者でございます。
   (ちなみに、お声は少しソフトに井上和彦さんで…。)
(笑)

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